中国語学科 特徴ある授業・アクティビティ Education & Activities

中国語学科で行われている講義・ゼミ、課外活動などを紹介します

授業レポート

「中国語学科ではどんな授業をしているの?」そんな疑問に答える先輩たちの授業レポート

Self-Portrait Fairy Tale in 47KM by ZhangMengqi

[授業で紹介された章夢奇監督『自画像:47KMのおとぎ話』 ©︎Zhang Mengqi]

中国社会特講

神田幸(中国語学科4年・2022年現在)

中国インディペンデント・ドキュメンタリーを中心とする映像作品を通して、中国の表現の自由に対する現状や現代中国の社会構造を学ぶことのできる「中国社会特講」は私にとって忘れられない授業です。

社会主義国の中国では、かつてプロパガンダの手段として、ドキュメンタリーが利用されてきました。その経緯もあり、中国の表現の自由は検閲によってかなり制限されています。しかしその中でも、作り手がそれぞれ試行錯誤しながら、表現方法を工夫したり、時には国外上映を前提にしたりして映像作品が制作されています。そのような作品を注意深く読み解くことで、これまで知らなかった中国に出会うことができます。

最終課題として求められるのは、中国に関するドキュメンタリー企画を考案し、グループで発表することです。私のグループでは、企画の魅力をより伝えるために、ドキュメンタリーのサンプル動画を制作しました。横浜中華街で実際に中国人の店員にインタビューし、動画編集をするのは大変でしたが、グループ全員で協力し、言葉にはならない複雑な心境を映像で表現できた時の達成感は今でも忘れられません。この授業をきっかけに以前から興味のあったマスコミ就職への目標も明確にすることができました。

このように、ドキュメンタリーを通して、中国の新しい一面を発見したい、映像制作などマスメディアの仕事に興味がある、そんな皆さんには実践的で深い学びのできる「中国社会特講」をぜひおすすめします。

  • [グループで取材した横浜中華街でのインタビュー動画]

総合講座・中国と世界

福山佳恵(中国語学科3年・2022年現在)

中国語学科においては中国に関する様々な専門分野を学ぶことができますが、その中で私が最も興味を引かれた講義は中国映画や美術、ジェンダーについて学ぶ「総合講座・中国と世界」です。

私はこの講義を受けるまで中国映画を見たことがなく、美術にもあまり興味がありませんでしたが、実際に映画プロデューサーさんのお話を聞きながら、映画の舞台や時代によって当時の人々の生活レベルや環境を知ることができて、現代の中国になるまでどんな時代背景を歩んできたのか深く理解したいと感じるようになりました。
また、美術に関しても作者の経歴や経験によって作品込められた意味を考えるなど、先生からその時期に開催される美術展の紹介してもらえるので中国の現代美術に触れることができます。

「総合講座・中国と世界」は、中国とアジアの映画を素材に中国の民族問題、華僑、そして日中関係など様々なテーマについて焦点を当てています。もちろん、中国語学科にはその他にも魅力ある授業がたくさんありますので、皆さんもぜひ自分の興味のある分野の講義に出会ってください。

中国歴史特講

久保文乃(中国語学科3年・2022年現在)

中国語学科では、中国を深く理解するために中国の言語・文化・歴史・社会・政治経済に関する専門的知識を深く掘り下げるという講義があります。これらの講義を受講することで、中国に関わる現代的課題を考える思考力を培えます。その中の一つの講義が、この中国歴史特講にあたります。

この講義では、中国の国営テレビであるCCTV(中国中央電視台)の中のドキュメンタリー番組を取り扱います。前期の講義では『大国外交』という番組を、後期の講義では『創新中国』という番組を事前に視聴します。毎回の講義では、学生が二人一組となって番組の内容、番組を掘り下げる情報や視聴した感想などを中心にパワーポイントにまとめて発表をします。その後、先生の方から補足をして頂きます。「現在」というものを、歴史として捉えて講義は進んでいきます。

私はこの講義を受講する以前は、中国のドキュメンタリー番組を全く視聴したことがなかったため、受講することで中国を様々な視点で知ることができました。また人の前で発表する機会も、これまでなかなか無かったので、発表する際はとても緊張しましたが、先生にパワーポイントや発表にアドバイスを頂くことで、足りない点を補うということが出来、現在、プレゼンテーションをする際の自信となりました。

[スピーチコンテストで入賞]

中国語演習Ⅰ(基礎)

川野佑華(中国語学科1年・2019年現在)

大学生活が始まり不安もある中での授業でしたが、中国語科目は基礎中の基礎からスタートするため、焦ることなく授業に参加できました。
特にこの授業では、文法や語彙、応用力を身につけることができます。予習・復習を重視しており、自分の力で一度解いて、授業で解説を聞き、間違いを分析することができます。日々の個人の学習次第でより中国語力を高めることができます。
また、1クラス20人前後と少人数のため、分からないことは先生やクラスメイトに気軽に聞けるのも魅力的に感じました。

中国語演習Ⅱ(作文)

叶宝欣(中国語学科3年・2019年現在)

この授業は、中国語圏にルーツを持ち、かつ中国語をある程度理解し、運用できる学生を対象としています。クラスでは、主に中国語圏の社会常識や社会の情報を把握することと、日本語と中国語双方のコミュニケーションを取ることを重視しています。授業では、新聞記事や文学作品などにおける文章を翻訳し、その文章から、中国と日本にまつわる話題についてディスカッションを行ったりもします。言語運用能力を高めるだけでなく、中国の歴史や社会背景を知ることができる授業です。

中国学フィールド演習

鈴木 栄伸(中国語学科3年・2017年現在)

今日、日本人の学生は消極的だという言葉をよく耳にします。授業に取り組む姿勢も先生の話をただ受動的に聞くだけで、理解したつもりになっている学生も少なくないと感じます。この授業では、学生自らが興味の持った事柄について調べ、自分の意見や感想をまとめ、それを他の受講者の前でPower Pointなどを使い発表するという授業体系を採っています。また実際に工場を見学に訪れ、施設内の方の話を聞き、作業工程をリアルタイムで見ることによって教室内だけでは味わうことのできない現場の様子を感じることができました。この一連の過程を通して、自分の理解した内容を確かめるだけではなく、他者に自分の意思を伝えるスキルや何事もアクティブに挑戦する姿勢、多角的に物事を判断する大切さを学ぶことができます。

[台湾の中興大学中文系との交流会、2017年8月22日]

中国学演習(松浦智子ゼミ)

福原みりさ(中国語学科3年、2017年現在)

中語学科では3年次になると、言語、文学、歴史や社会文化などを専門にした教員の下でゼミが行われます。現在、私は松浦先生の中国学演習(ゼミ)で現代中国の新聞記事を通して中国の古典文学・文化を学んでいます。毎回授業で先生から配られる中国語で書かれた記事を次の授業までに日本語に翻訳し、その記事に用いられる古典文学や文化について調べて発表します。

現代の新聞記事を日本語に訳すことは、今まで中国語の授業で学んできた文章読解力が試されます。なかなかどのように中国語の記事を日本語に訳せばいいか悩むときもありますが、先生が丁寧に分かりやすく指導してくれます。また、中国の古典文学と現代中国記事との間にある関係性を知ることができる点に、私はとても興味をひかれています。本が好きな人も、そうでもない人もとても楽しめる授業だと思います。

夏の合宿では台湾に行き、中興大学の学生さんと交流をする機会を得ました。授業で中国語の文法やリスニングを学ぶことはあっても、ネイティブの人たちとコミュニケーションをとることはあまりなかったので、とても刺激的な経験となりました。初めて台湾人の友達ができたのも良い思い出です。その友達とは日本語や中国語を交えながら今でも連絡をとっていて、自分の中国語の勉強にもつなげることができています。このように、台湾での合宿からは多くのものを得ることができました。

アクティビティレポート

中国語を学修するだけでなく中国語を生かしたさまざまな課外活動に取り組んでいます。

「海とみなと」海外ゼミ合宿

広州

担当教員:孫安石(2019年8月実施)

第16回を迎えた海外ゼミ合宿は、初めて上海を離れて広州にて実施されました。15年間慣れてきた上海とは勝手が違いましたが、広州外語外貿大学の先生かたの協力を得て充実した経験をすることができました。広外の日本語学科の学生20名ほどとも意見交換ができた他、以下の各 所へ足を運ぶことができました。◎北京路、◎栄興楼ー粤劇+飲茶、◎小北路(宝漢地区)ー非洲人社区、◎珠江新城ー春広場、広州図書館、広東省博物館、広州大劇院、◎魯迅記念館、◎沙面租界ー建築群、◎珠江クルーズー天字碼頭、◎珠江Pier Partyなど。何よりも良かったことは上海の新光迎賓館のような拠点になるホテルを発見したことかも知れません。色々なハプニングがありましたが、「友達」の協力で無事、乗り切ったという武勇譚(笑)を聞きました。(Sさん)

[左上段:学生交流会の風景 左下段・右:マシュマロ・チャレンジに取り組む両大学学生たち]

香港 ①香港大学ホーネル・ホール学生の神大訪問

担当教員:村井寛志(2019年5月、9月実施)

2019年5月31日 ホーネル・ホールを中心とした香港大学の学生25名が神奈川大学を訪れ、中国語学科の村井ゼミの学生との交流を行った(①)。また同年9月15~19日、今度は神大側の学生6人がゼミ合宿として香港・マカオを訪れ、現地の大学生との交流を行った(②)。以下、それぞれのレポートを記す。

①香港大学ホーネル・ホール学生の神大訪問
香港大学の「ホール」というのは学生間の交流や文化活動を目的とした、大学公認団体で、ホーネル・ホールもその一つです。村井ゼミ2018年度ゼミ合宿で香港に訪問した際も、ホーネル・ホール学生との交流会が行われ、その時の縁から、今回彼らの訪日スタディー・ツアーの訪問先の一つとして、神奈川大学と横浜の地が選ばれました。
 当日は神大側学生が事前にプランを提案し、「マシュマロ・チャレンジ」や「Never have I ever」などのゲームで和やかな雰囲気を作った後、神大側学生の案内で神奈川大学のキャンパスツアーを行い、その後移動して、横浜港のクルージングや周辺の散策を行いました。
盛りだくさんの企画でしたが、全て学生が中心になって準備を進めました。インバウンドの国際交流をどうやって盛り上げるか、貴重な経験になったことと思います。
以下は当日の写真と参加学生の感想です。

神大側参加学生の感想
3年I.Hさん
香港の学生さんたちが緊張していた私にたくさん話しかけてきてくださったので、グループ内でのゲームや昼食の間も楽しく過ごすことができて本来もてなす側なのに、逆にもてなされてしまった気分でした。皆さんとても優しい方でしたので合宿では今回より仲が深まる事を願っています。
3年M.Aさん
香港大学の学生は、日本語が話せる人もいたし、全く話せない人もいたが、みんな優しくて、積極的に話しかけてくれた。自分が言いたい事はあっても、中国語でどういえばいいか分からない事があったから、もっと勉強しなきゃいけないと思った。日本語が話せる学生は私たちの中国語のレベルよりも高くてすごいと思った。日本のアニメや音楽が好きという人が多く、自分以上に日本の文化を知っていて、日本に関心を持ってくれている人が多いと感じた。
3年M.Sさん
日本語、中国語、時々英語を混ざっての会話でしたが、中国語を聞き取るのが難しくて、もっと勉強しなきゃと思いました。発した言葉はたくさん通じて、それは嬉しかったです。それを理解しようとしてくれたし、分かりやすい中国語で話してくれて優しいなと感じました。言語の壁はあるけれど、ジョークを支えたり、ゲームなどをしたりして、少し距離が近づきました。もう少しグループでのゲームや会話ができる時間が欲しかった、そう思えた時間でしたし、もっと語学力を身につけたいです。多くの人が日本が好きで(アニメなども)興味を持ってたので、中国語でもっと紹介したかったです。
3年 K.Nさん
金曜日に香港大学生と交流してみて、香港の大学生はみんな優しいと思いました。また、英語もペラペラで頭が良いのだなと感じたし、マシュマロチャレンジの時も、自分から積極的に参加し、試行錯誤していて全てのことに全力で取り組むんだろうなと思いました。私が英語と中国語のどちらの意味も分からない時は、ゆっくり話してくれたり、書いて見せてくれたりととても優しいなと感じました。とても楽しかったです。また中国語の勉強をもっと頑張ろうと思いました。
3年 K.Nくん
自分の言語力の無さを痛感した。しかし、中国語より英語の方が自分の意思を相手に伝える事ができた。これはやはり中国語の発音の難しさが分かるものとなった。そんな中でも、向こうの学生さんは携帯で翻訳しながらコミュニケーションを取ってくれて、優しさを感じた。次、会う時は今より少しだけでも中国語でコミュニケーション取れたらいいなと思う。
3年 K.Hくん
香港大学の人たちは結構コミュニケーションを取るのが上手だと感じた。自分と同じ班の人はそうでもなかったが、学校案内中に話しかけられ名前を聞かれたりした。
受け入れ交換留学生 G.Kくん
韓国の大学ではこのように直接中国・香港の学生と会って、一緒に話す機会があまりなかったが、今回の親睦会でしたかった質問をしたり食事をしたりすることができてとてもよかった。そして、香港の学生たちは“中国”と“香港”を別々に区別して呼んでいた所も今回の親睦会で話をして知る事になり、少し驚いた。
4年 R.Kさん
今回、私は香港大学の学生との交流会において、イベントの企画・準備を担当しました。お互い日本語と広東語が話せない状況でも、楽しく交流を図れるように工夫しました。そこで考えたアクティビティが「マシュマロチャレンジ」です。4~5人で1チームとなり、パスタでタワーを組み立て、その上にマシュマロをさし、その高さを競うものです。本番では、チームで言葉が分からない中、ジェスチャーなどを用いて、意思疎通を図りました。交流後、皆が有意義な交流だったと言っていたので、企画や準備を考えてよかったと思いました。
4年 A.Aさん
香港大学の学生が神奈川大学に来て下さり、中国語を使ったゲームやカードゲームなどをして交流しました。香港大学の学生と会話をする中で、言いたい事が思うように言葉にできず、困った場面もありましたが、筆談を使うことで何とかコミュニケーションをとり、外国語に自信が無くてもとにかく伝えようとすることが大事だと改めて感じました。
4年 F.Dさん
香港大学の学生との交流は非常に楽しく良い経験になりました。最初のゲームを行っての交流会では班ごとに協力しながら楽しむことができ、最後の居酒屋での交流会ではお酒を交わしながらの交流ができて非常に楽しかった。
4年 H.Kさん
昨年香港で会った人たちと、今度は私たちの学校で会えた事はとても有意義なものでした。また、新しい出会いもあったりと交友を広げられたように思えます。一緒にゲームをしたり、同じ景色を見たりすることで、私たちのことを知ってもらえたと思います。東京でも大阪でもない神奈川の横浜ということもあり、初めて来たという人も多く、港の歴史に興味津々だった事が印象的でした。
4年 Y.Hさん
久しぶりに香港大学の学生たちと交流してとても勉強になった。香港の大学に受験する事はとても大変らしくてまた大学の授業も全て英語を使ってやっているので話してる時に英語と中国語を使って話した。普段香港について聞けない話も聞けて良かったです、そして、神奈川大学は他の大学より楽しい気分で居られるから神奈川大学好きですって言われてとても嬉しかったです。
4年M.Mさん
私たちのゼミは3年の夏、香港へ合宿に行った時にそちらの学生と交流があり、今回は日本に来てくれ、交流をしました。香港の学生と中国語や英語を使って交流し、少し分かり合う事ができました。みなとみらいの船に皆で乗り、日本について少しでも知ってくれたかなと思います。中国語をより勉強し、再びこのような交流ができたらいいと思います。

[写真左:交流ゲーム「Never have I ever」 写真右:横浜港クルーズへ]

[香港中文大学内のインスタ映えスポット「合一亭」]

香港 ②神大生による香港・マカオ訪問

担当教員:村井寛志(2019年5月、9月実施)

9月15~19日、村井ゼミを中心とする神大中国語学科の学生6人が海外ゼミ合宿として香港・マカオを訪れた。5月に神大を訪れた香港大学の学生たちが手配してくれて、香港中文大学、香港大学、マカオ大学の3校を訪問し、各大学の学生と交流を行った。また、香港大学学生の案内で香港歴史博物館や、イギリス植民地時代の警察署跡を利用した「大館(Tai Kwun)」を見学し、香港大学内のホーネル・ホールの部屋では香港大学生にインタビューを行いました。
6月以降、香港では逃亡犯条例改正に端を発する抗議行動が激しくなっていましたが、香港大学の学生たちは十分気を遣ってくれて、危険な目には全く遭うことなく、安全に楽しく滞在を終えることができました。またホーネル・ホールの部屋で行われた交流会では、香港での現状について香港大学生がどのように考えているか、生の声を聴くことができました。帰国後、神大側参加学生からも滅多にできない貴重な体験になったという感想が聞かれました。
その他、マカオでは聖ポール天主堂跡などの史跡やカジノを見学したり(見学しただけでギャンブルはしていないです(笑))、土地的には中国大陸側にあるマカオ大学を訪れ、マカオ大学学生に新しいキャンパスを案内してもらいました。

[写真上段左より、香港中文大学内のインスタ映えスポット「大館」、香港大学写真下段左より、香港名物「飲茶(ヤムチャ)」、マカオ・聖ポール天主堂跡、マカオ大学]

[台中の国立中興大学中文系での交流会]

台湾

担当教員:松浦智子(2019年9月実施)

2019年9月9日から12日まで、台湾にて海外ゼミ合宿を行いました。出発前日に直撃した台風の影響で、9日の予定便に搭乗できなかった学生も数名いましたが、各自がチケットの調整を行い、翌10日には合宿参加者全員が、台北に集合することができました。こうしたトラブルに見舞われながらも、台中の国立中興大学中文系との学生間交流は滞りなく行われ、その他にも、故宮博物院の文物調査や、九份の現地調査など盛りだくさんの体験・学習をしました。4日間と短い期間でしたが、トラブル対応の経験も含め、学生各自の成長が目に見えた合宿となりました。以下は、合宿の体験・学習内容をもとに作成したレポートの抜粋です。

参加者のレポート
中国語学科3年 金沢由美
~台風による飛行機乗り遅れ~
台湾へ出発する日に大きな台風が来た。ニュースの予報では、飛行機の大幅かつ大量欠航や、電車の運転停止、運転見合わせなどが報じられていた。前日の欠航便を調べたところ、いつも通り飛ということであったので、一応何とか安心した。しかし、当日の朝起きたら、電車が全部動いていないという。(中略)8時過ぎても全然電車が来る気配がない。そこで、急いで兄に連絡して、車で送ってもらった。しかし、本当の山場はここからだった。もちろん道はすごく渋滞していて全然進まず、最終的には乗機のチェックアウトに間に合わなかった。新しい当日券を購入しなければならなかった。その後、ゼミの先生やほかのゼミ生の助けのもと、ついに比較安めの当日券を買い、やっと台湾へ出発することができた。
と思いきや、チェックイン時に、この帰りのチケットは使えますか、と聞かれた。私は中国国籍のため、台湾へ入るには必ず出国のチケットも確保していないと、台湾に入れないことになっている。今回のチケットは往復で買ったが、行きのほうは間に合わなかったため、キャンセルになってしまっていた。(中略)チェックイン締め切りまであと30分。急いで空港会社に電話して確認をしなければいけなかった。しかし、空港会社への電話はだいたいどこもすぐにはつながらず、少なくても10分くらいはかかるらしい。そして、その時の私の携帯の充電は残りわずか2%。幸い空港内に充電できるところがあった。しかし、それも使っている人がいっぱいで、コンセントをさせるところがなかなか見つからない。その時に、充電中のあるおばさんが、うちのパソコンで充電しませんか、とやさしく声をかけてくれた。本当にうれしくて感謝の気持ちがいっぱいだった。ありがたく充電をさせていただきながら、ひたすらに航空会社に電話をかけていた。(中略)それでも何とか通じていて、その帰りのチケットは使えるとのことだった。心の中の重い石がやっとストンと落ちたようにほっとした。そこから急いでチェックインをして無事に台湾へ飛ぶことができた。
初めてのひとりの国外渡航では、本当に何が起こるのかわからない。ちゃんと事前準備をして、時間に余裕をもっていくべきだと学んだ。そして、悩むことがあったら、一人で抱えないで、家族や先生に相談すべきだと知った。
中国語学科3年 川嶋大樹
今回私は、台湾の農作物について紹介する。(中略)
台湾では昔は野菜生産、輸出が活発であったが、経済の発展により生産コストが跳ね上がってしまったことや台湾資本の中国投資の拡大により中国冷凍野菜工場等が増加し、中国から日本への輸出が増加すること等により、日本への野菜輸出は大幅に減少してしまった。さらに、台湾は現在も冷凍枝豆等の冷凍野菜の主要な輸入先国であり、近年は12月から翌年4月における生鮮レタスが主要な輸入先国となっている。主要栽培地域は、台湾南部に位置し、台湾第2の都市である高雄市に隣接する屏東県及び高雄県であり、2006年では作付面積の59.7%、生産量の55.3%となっている。(中略)
現在は一年を通してえだまめ需要のある日本において、海外産枝豆は必要不可欠であるといえるだろう。そのような中で台湾では、栽培管理や加工工場での衛生管理の徹底、ほぼ全量をハーベスタで収穫することによって高鮮度な状態で枝豆を加工することなどに より、日本が求める高品質なえだまめ生産を可能にしており、私は枝豆を全く食べることはないが引き続き日本にとって重要なえだまめ輸入先国となるだろうと感じている。しかし、台湾では農家人口が現在減少傾向にあるため人材の確保を優先的に行っていくべきではないかと考える。
中国語学科3年 菅沼駿
私は夏休みの期間を利用して、ゼミ合宿で台湾へ行った。台湾では、日本で味わうことのできない様々な料理を食べたり、飲んだりした。(中略)
私は士林夜市へ行き、様々な美味しいものを食べることが出来た。そこで、私はなぜこのような夜市ができたのかが気になった。台湾には士林夜市以外にも多くの場所で夜市がある。夜市の歴史について書こうと思う。戦後の国民党政府の夜市に関する政策は取り締まりと指導の間で揺れ続け、そのために夜市で商売をする露店商に対する社会のイメージも、常に矛盾を含んだものであり続けた。政府は露店商に対して、戦後から1974年までは、管理規則を定めて登録制度を設けたが、実際にはその対象が主として政治・思想の取り締まりを目的とした書籍販売に限られ、露天商の存在自体に対してはほぼ完全な放任の態度をとっていた。
一方で、政府は露天商の存在を一時的な現象だとみなし、将来国民所得が一定の水準に達すれば、自然に消滅するだろうという楽観的な態度をとっていたため、無許可の露天商の活動を黙認し続けていた。その背景には、夜市は台湾経済の歴史からみると、絶えず商品の更新をはかる現代経済の活性化の役割を果たし、流行遅れの商品や返品、キズもの、在庫品など二級品や処分品を回収して商品を全島隅々まで行き渉らせる役割を担っていたからである。そして、近年では、行政主導でエリアの整備が行われ、国内外の観光客をターゲットにした大型夜市へと変貌を遂げている夜市もある。夜市は台湾の庶民の文化の象徴であり、郷土の文化・価値観・人間関係を具体的に体現する場として現地の人々から歓迎されているばかりでなく、台湾を代表する観光名物にもなっている。
中国語学科3年 能見光彦
・はじめに
台湾の観光地として日本人にも愛着がある「九份」だが、この地は日本の近代史と関係がある。(中略)
・九份の歴史
九份という名称は、一説に「開墾した土地の持分を9人で分けたもの」という意味であり、この場所は、もともと小さな村であった。このような、村が現在のような場所となった要因には、大きなものとして2つある。一つ目は、19世紀になって、金鉱が発掘されるようになったということである。当時の台湾は日本に統治されており、日本は金鉱を発掘するのに多くの資金を投じた。これらのことで、九份は経済的に活気づき、多くの人々が集まるようになった。(中略)2つ目は、「九份」が映画の舞台となったことが挙げられる。1989年に制作された『悲情都市』は、日本統治の時代の終わりから、中華民国が台北に遷都されるまでの台湾を描くものであり、当時あまり語られることがなかった、二二八事件を題材とする。この映画のロケは九份で行われた。(中略)
・まとめ
私が、九份に行って感じたことは、人と人の関係が近く、まるで近所の人のような感覚だということである。九份には猫が多くおり、猫を通して観光客とそこの人々が楽しそうに会話をしていたのだが、そういった風景も、人と人との近さを感じさせる要因なのかもしれない。また、お店の人と観光客の関係が日本と違って店員と客の関係よりも近く、気軽に会話をすることができた。また、九份には日本が台湾を植民地として統治していた時代の名残が多く残っていることがやはり印象に残った。五番抗公園もその一つだ。この公園は、1927年に造られたもので、金鉱の入り口があった場所だ。日本統治時代に使われていた入り口は保存されており、トロッコやそのレールも当時のものを復元したものが残されている。このように、現在の九份を楽しむこと以外にも、昔の九份に触れ、その歴史を感じることができることも、九份の魅力の一つであると考える。
中国語学科3年 村木みのり
(冒頭略)
日中は先生と台北駅付近を観光した。最初に西門紅楼へ行くと、真っ先にみなとみらいの赤レンガ倉庫を思い浮かべるものであった。日本籍の建築家が設計したそうで、建物内も赤レンガ倉庫のようにお土産をはじめとする台湾グッズのお店が並んでいたりと、非常に似ていてとても楽しめた。西門紅楼がある手前は東京でいう渋谷のように大きな交差点、日本でも見かけるお店などがあり賑わっているかのように見えたが、奥に進むと古い建物が並んでいる景色が見られ、古い建物も大事に残しているのだと思った。次に向かったのは中山堂というところで、ここもまた日本人によって設計された建物だった。中は西洋的な要素が織り込まれていると感じた。特に館内の壁と天井の装飾や色彩によりそのように感じた。あとで資料を見たが、外壁にセラミックタイルが使用され西洋風のデザインを表現していた、だがそれ以外にも空襲の目的にならないよう太陽光の反射を防ぐような作りになっているという大事な役目を果たしていること知った。資料にはあらゆる場所の紹介が載っていて、当時の状況に合わせた建物造りの工夫が見られて面白かった。見切れていない場所もあったので今度じっくり見に行きたいなと思った。(中略)
次の日の交流では、仲良くなった台湾の中興大学の子とインスタグラムを通じて繋がって、何かあると連絡をくれるので交流できてとても良かったと思った。台湾へ行くのは今回が初めてで、非常に楽しみにしていた。(中略)海外旅行経験の少ない私に、思いもよらないことが起きて一人じゃ対処しきれないことばかりだったが、今回のことはとても勉強になったし、学生時代の良い経験として思い出になった。
中国語学科3年 吉野淳
・夜市
今回の合宿で訪れたのは、台湾最大規模で最も歴史が古い士林夜市だ。台北駅から10分程度の場所にあり、観光客がアクセスしやすいという点が人気のポイントになっていると思う。台湾最大というだけあって、とても広く、人の量も多いため、周囲の熱気に圧倒されそうになった。夜市では飲食だけでなく、洋服やお土産も買うことができる。値段も格安で、食べ歩きメインではなくショッピングをする際は、一夜だけでは回り切れないように感じた。台湾ではよく偽ブランド品が販売されているが、夜市で実物を見てもその違いはわからなかった。
夜市が生まれたのは、廟や寺の前に露店ができはじめたのがきっかけだと言われている。そこに通う参拝者をターゲットにして、盛り上がりをみせたとされている。夜市とは台湾にだけある文化だと思っていたが、実際にはタイやベトナムといった、中華圏や東南アジアにもある。夜市が発展した理由としては、タイなど気温が高い国などで、昼間より夜の方が涼しいために外出する人が増えたからだ。夜市で販売しているものは国によって異なり、台湾では飲食を中心に洋服などを販売していて、ベトナムでは小規模の移動遊園地ができるときもある。夜市は伝統的な料理や商品を販売していると思っていたが、実際は最新の商品を多数取り入れている。その理由としては、店舗数が多いため、店間での競争率が激しいからだ。常に新しいものを取り入れることで、観光客はもちろん、地元の人たちからも注目度を上げている。士林夜市のメインストリートでは、ブランド物をはじめとした様々な店が連なっており、ここでは日中でも営業している。約17時ごろから、徐々に道の端や中央に露店が営業をはじめる。
士林夜市があった場所は元々、基隆河を介して農産物などの運搬する交易の場であった。段々と屋台などができていき、日中だけでなく夜にも営業する店が増えていった。1909年に設立されてからは、衛星上の問題などで大規模改修といった問題はあったものの、店舗数が徐々に増えていき、今の士林夜市となった。(以下略)

[写真上段左より、中興大学のキャンパスで、故宮博物院、十份にて 写真下段左より、赤レンガ倉庫にも似た西門紅楼、九份の町並み

国内ゼミ合宿

山形国際ドキュメンタリー映画祭

担当教員:秋山珠子(2019年10月実施)

今秋、秋山ゼミの第1回合宿として、アジア最大のドキュメンタリー映画祭である山形国際ドキュメンタリー映画祭に参加した。2泊3日といった短い時間であり、途中大型台風に見舞われ一部予定が変更になったが、映画鑑賞だけでなくボランティア活動も行い、普段はなかなか体験できない貴重な経験をして濃密な時間を過ごした。

今年30周年を迎える同映画祭には、世界から多数の出品作と監督が集い、テレビではあまり見られない多様なドキュメンタリー映画の魅力に触れた。ボランティア活動では、8月から説明会に参加し、様々な役割の中から、各自が適性や関心に従って選んだ活動を行い、地元の人々と共に国際的な文化事業を作り上げていく面白さを知ることができた。私たちが帰ったのち、映画祭スタッフや地元の方から秋山先生に、「神奈川大学の学生ボランティアは素晴らしかった」とのお褒めの言葉があったそうだ。地元と世界に愛されるこの映画祭に少しでも貢献できていたならば嬉しく思う。(SKさん)

社会貢献講演会・シンポジウム

⽂化ウィーク

文化ウィークは、外国語学部の3学科(英語英文学科・スペイン語学科・中国語学科)の学生が主体となって企画・運営する連続イベントです。
学生によるスピーチコンテストや小品(中国語コント)の発表など、学修成果を発信する多彩なイベント企画を行っています。